音楽を愛せよとその人はいった:魂(ソウル)の来し方

ryusendo2009-04-23

アレサ・フランクリンを教えてくれたのは大学卒業して初めて勤めた事務所の先輩で、Mさんといった。
歳は一回りくらい上で、知識も経験も勘も非常にあってほぼなんでも出来る人だった。2年くらいしか勤めなかったので短い付き合いだったが、ボクともう一人同じ大学出で同時に入ったO塚クンに、自分で編集したテープをくれたりする人でもあった。
夏休み(といってもずらして9月だったが)、真夏に!ジャマイカに行く人である。ソウルについて語り、その頃ワールド・ミュージックというくくりがなかったと思うが、すばらしいアメリカ以外の黒人音楽の奥深さをホットに語ってくれた。だけでなく実際事務所で聞かせてくれた。
当時ようやくロックだけじゃなくアメリカの黒人音楽も聴けるようになってきたボクをその世界へ導いてくれた恩人なのだが、いきなりディープなレゲエの世界に連れて行かれたのには正直困った。けど自分から近づくにはそうとうな時間がかかったはずで、やや強引に聴かされたこともいまは感謝である。


なにが嫌かって、あからさまに拒絶しそうになったけどこらえたのは、ジャマイカで買ってきたというLPである。中身じゃなくてジャケットね。Mさん曰く、「これってジャマイカだなぁ」
アメリカじゃおそらく問題になるだろう。なぜって、どうみてもジャケットを飾っているのはホームレス?(ミュージシャン当人なのか本当のストリートの人なのかわからないところもすごいのだが)。それが道端に数人しゃがみこみガンジャ(という)の煙をもうもうと盛大に吹かしているとか、前歯が欠けた男が真っ赤に充血した目をあっちにいかせて笑っているとか。
これまでジャケットで中身を判断してきたようなボクにとって、信じられないシロモノだったわけだ。たしかタイトルも不思議な書体っていうか、手書きか?とおもうような読めないシロモノであった。

ジャマイカの思い出で長くなったが、そうそうアレサ・フランクリンだけど、こうしたMさんとの刺激的なやりとりの中で聴くアレサが、とりわけすばらしく思えたとしても無理はない。実際すばらしいけどね。


やはりMさん曰く、「君らロック少年(注:比喩的表現である:Mさんは30代前半)からすると、ジャニス・ジョプリンって、やはりスゴイ?」
O塚クンが「すごいんじゃないかな、ああいうのはなかなかいないと思う」
とやや控えめな感想を述べ、ボクは「歌もそうだけど、ロックを象徴するような偉大なロックスター」とかきいたふうなことをいったが、本当のところジャニスの歌は?だった。体調が良くないと聴きとおせない、1曲聴くと疲れる。というのが正直なとこで。


「じゃあ、ゴスペルって聴いたことある?」
「?、いえ?」
都はるみの初期、デビューの頃の歌はどう?」
いきなり話が見えなくなってきた。
Mさんは手元の仕事の資料を読みながら人差し指だけ立て、チッチッと声は出さずに、4度振った。
甘いな、君たちとか若いねおたくたちというときのMさんの癖である。年齢差があるので「知らないのか」というのは大人気ないということだろ。


そして数日後の事務所で、「アンコ椿は恋の花」とアレサ・フランクリンの「明日へ架ける橋」が披露された。目から鱗という体験。
現在ボクが北島三郎都はるみなどをワールド・ミュージックとしてiPodにジャンル分けしている原点がここである。


アレサ・フランクリンとジャニスを比べてみるだけならなんてことはない。とはいっても、普段より高純度のヘロインを手に入れ量を誤って27歳で死亡した孤独なロックスターと、ゴスペル出身にしてR&B・ソウルの女王になっていった2人の違いは簡単ではないが。
乱暴な言い方をすれば、違いは長生きしたかってことと、歌、音楽としてより豊かな表現を作り出し芸となったか、じゃないかと思う。
結果的に終わり方との相乗効果で破滅的とされるジャニス・ジョプリン。評価はすれど指針とするにはちょっとしんどいわけで、彼女の上を行くにはどうすりゃいいの的な問題は、そろそろ考えないでおこうという気分だった。が、それはMさんに言わせれば勘違いもはなはだしいことになる。
当時音楽よりロックという文化や精神?が上位になるように思いたかった少年ボク。それとも単に流行とかでロックを別格にしていたボクに、Mさんはいいたかったのだろう。ロックって音楽だろう。
ロックだけじゃなく広く音楽を愛せよ、って。
ロックでしか測れないとジャニス・ジョプリンの扱いが難しくなるけど、都はるみ聴いてみ、笑っちゃうほどすごいじゃん。
これも原点のようなものだ。いいものは良い。
逆に言えばロックにも良いものも悪いものもあり、ロック以外に良い音楽がたくさんある。そんなのは当たり前だというのが結構気づかなかった。
たぶんほとんどの人がそうしたこだわりをようやく80年代終わりから90年代にかけて通過したため、ロックの看板が用をなさなくなり、中身とかやってることがわりと大事になってきた。だからロックかどうかは問題じゃなく、ロックより音楽のほうが好きだと。
それで問題は振り出し。いいとはなんだ。それをいいと思う自分は何だ?


Mさんが深い配慮のもと都はるみを持ち出したかどうかはわからない。だけどジャニス・ジョプリンを普通に聴けるようにしてくれた功績は絶大だ。なおかつロックの縛りを見えるようにしてくれた効果もある。
つまりロックの窓からだと都はるみは評価しようがない。なんだかすごいけどロックじゃないから聴かない。という不自由を自分で作ってしまうわけだ。
平たく言うと、都はるみをすごいと評価して聴かせたMさんはすごい。
あのもしかして、それってボクが北島三郎の歌にしびれるのは間違ってないんですね。
実際そうとは訊かなかったが、Mさんはこういったに違いない。
「シビレた?シビレタの!それが大事。ロックならなんでもしびれなきゃってほうがおかしいと思わない。ロックじゃないほうにしびれたことがゼッタイだって」


アレサ・フランクリンの「明日に架ける橋」を聴いたとき、はじめ何の曲かわからなかった。しばらくすると、「Like a bridge over troubled water・・・」
こりゃすげー、なんだこりゃでした。アレサ・フランクリンはこれも意外と聞き取り易い発音なのでね。好きな理由のひとつでもあるけど、それよりなにより都はるみの上をいく人がここにいる。
こうして無事ボクは、まったく新しい世界のとば口に立ったわけです。


あれから20年?豊穣なブラック・ミュージックを主として音楽を楽しませていただいてるわけだが、恩人に等しいアレサ・フランクリンの姿をホント久しぶりに見た。
そう、バラク・オバマの大統領就任のとき彼女が歌を歌った。ロックの殿堂入りもしたし(女性で初めてらしい)黒人初の大統領の就任式でも歌ったし、もう思い残すことはないなと不謹慎なことを考えてしまいスマヌ。でも他の誰よりもふさわしい歌手、と思わずにいられない。
そして、60歳を超えたアレサ・フランクリンの歌を聞きながら、20年後か30年後?黒人で女性の大統領がアメリカで誕生した就任式で歌うのは、たぶん順調にいけばこの人だなと思った。
その人の名はアリシア・キース Alicia Keys


ワン・アンド・オンリーなジャニス・ジョプリンは正直時代の中のくくりでしか語れないが、アレサ・フランクリンその人とブラック・ミュージックの流れ(もはや伝統芸能か)、からは同じようなDNAを受け継ぐ人(今度は美人)が生まれてきている。


とりとめもないことになっているが、終わりにして、アレサ・フランクリンアリシア・キースを。
アリシアを見てると(もはや聴いてるとという表現はしっくりこないね)、ああ、これであと30年はOKだな、っておもいません?


Aretha Franklin & others - Natural Woman - Divas (1998)

ディーヴァ(ズ)のなかに誰がいるか、けっこうおもしろいメンバーでしょう。ちなみにこの曲、キャロル・キングが元歌。


Alicia Keys - Superwoman Live AMA 2008

アリシアってとっても美しいのだけどちょっととっつきにくい雰囲気の写真が多くて損だなと思ってたところ、昨年のAMAでテレビで話していた様子を見て、当分(いや生涯か)ついていこうと決めました。若い頃はなんだかジャネット・ジャクソン系っぽい方向のいやな感じも無きにしも非ずでしたが、まだ早いけど30歳おめでとうですな。このまま順調にお願いします。(太ってもOKです)